書籍『女のサバイバル』読者限定特典
Essay

働き尽くしの毎日から
フリースタイルで働く
生き方にシフト!

本当の自由を手にするための
選択の基準

書籍表紙
Profile

1975年、福岡県生まれ。2005年よりヨガスタジオを約11年にわたり経営。その後、セミナー業、コンサル業、オリジナル商品の企画販売など次々と事業を展開。また、口コミで広がった個人セッションを行い、これまで短期間で3,000人以上のアドバイスをしてきた実績を持つ。現在は、無一文・知識・コネなしで事業をスタートさせたシングルマザーが好きだけを仕事に18年間収益し続けている経験や、人生を好転させた経験をもとに、好きを仕事にしたい方、ライフスタイルを高めたい方を応援すべく活動中。同時に18年間のヨガ、メディテーション、筋トレ歴などを活かし、心身を快適に保ち自由にしなやかに強く生きる方法を提案している。

2022年、書籍出版「後悔しない生き方を選択した女達」。渋谷、新宿、梅田の紀伊國屋書店など数々の書店にて総合ランキング1位取得。

Chapter 01

人生を変えた、たったひとつの小さな出会い

「ねぇねぇ、今日も3人でつくった歌を歌いながら寝ようよ」

当時小学2年生の私、幼稚園児の弟、ひとつ上の兄。両親がいない家、大人がひとりもいない夜がまたいつものようにやってきて、私たちは手をつなぎ合って大声で歌を歌い、笑いながら眠りにつきました。どうか今日も、この笑い声で静かな夜の音がかき消されますように。

こんにちは! はじめまして。愛と申します。

私は16歳で自立し、29歳シングルマザーで起業した2人の子供の母です。資金や経営知識ゼロからのスタートでしたが、事業歴は今年で18年目になり、現在は理想としていた「自由な働き方」を実現させたライフスタイルを送っています。16歳で自立というと、なぜそんなに早くから? と尋ねられることが多いので、そのあたりも含め、少しだけ自己紹介させてください。

3人兄妹の真ん中として、小さな町で生まれた私は、兄と弟に挟まれていたこともあり、いつも男子の中に混じって、暗くなるまで外遊びする活発な子供でした。

しかし、家に帰ると両親の喧嘩が日常で、必然とばかりに小学2年生の頃に離婚。母が家を出たので、父が私達を育てることになったのですが、父は職業上、週に1〜2度しか家に帰らなかったため、私たち兄妹はほぼ毎日を子供だけで過ごしていました。

大人がいないことで何かをとやかく言われることはなかったのですが、家の中のことは自分達で行う必要があり、家事の当番を決めたり、当番をサボっては喧嘩したりしながらも協力し合い仲良く過ごしていました。父とはあまり顔を合わすことがなかったのですが、私達のために頑張って働いてくれていることを子供ながらに感じていたので、みんな父のことが大好きでした。

ところが、父は私が15歳の時に他界しました。兄もまだ16歳。父の身内の人がさまざまな手続きを進めてくれたようで、よくわからないままに引っ越し業者がやってきて、突然住む家がなくなってしまったのです。しばらくは祖母の家にお世話になりましたが、兄が18歳になろうとしていた頃、祖母に自分たちで生活するよう促され、少しのお金を借りて2人暮らしをすることに。間もなく私は17歳の誕生日を迎えようとしていました。

そんな理由があって未成年での社会人生活がスタート。早速、住む家を2人で探したものの、まるでマンガに出てくるようなボロアパートですが、手持金が少なかったこともあり贅沢は言えない。まぁすごかったです。太陽の光がまったく入らず、昼間も真っ暗。おまけにお風呂は家の外。だから雨の日は傘をさして風呂場まで歩いていく。今となっては良い思い出です。

さて、とにかく生活するためのお金が必要です。家賃に光熱費に食費。お金を稼いだことがなかったので、すべてが大金に思えました。あちこち転々とバイトや仕事をして、2人のお金を合わせてなんとか生活すること数年。互いに少しずつ大人になり、ボロアパートをあとに、それぞれの道を歩みはじめました。

その後、私は23歳で妊娠し結婚。が、子供が生まれてすぐに離婚。シングルマザー生活がスタートしました。子供が思っていたよりずっと愛おしい存在だと知り、幸せを感じていた反面、1人でどうやってこの子を育てていこうかと、先のことを考えてはどんよりしました。自分が未熟だったこともあり、精神的につらかった時期でした。

しかし、その頃です。私はたまたま立ち寄った本屋で、人生を大きく変えるきっかけとなる「ヨガの本」と出会ったのです。当時マインドがぐらぐらだった私は、ヨガをすれば心も身体も強くなれる気がして、その日から、ヨガにどっぷりとハマっていきました。

それから数年後の29歳。気がつけば、私はヨガスタジオの経営者になっていました。

Chapter 02

無一文からの逆転

今となっては笑い話ですが、経営者になった時、無一文でした。その上コネのひとつもない。あまりに無謀な決断ですが、怖いもの知らずで勢いがある時期だったせいか、リラクゼーション店の経営を手放したいオーナーが買い手を探していると聞き、「私が買います!」とその場で即決挙手。改装し、ヨガスタジオをOPENさせました。

資金は諸々で380万円ほど。当時のわたしには大金。なんせ無一文ですから(笑) 4ヶ月後に支払う約束をしましたが、資金繰りのあては全くなし。しかし、なんとかせねばと、手探りで手あたり次第できそうなことを実践し、記憶をなくすほどがむしゃらに働き、奇跡的に約束の4日前に資金が調達できたのです! ようやくスヤスヤと眠れた夜でした。

それからも、働く日が続きました。経営のことをあまりにも知らなすぎましたし、人を雇うということ、資金の運用、マーケティングのことなど、何から何まで分からないことばかり。運営しながら隙間時間で猛勉強。あらゆる本を読み漁ったりセミナーに参加したり、経営者にアドバイスを頂いたり。もちろんインストラクターとしても活動中だったのでヨガの追求にも時間を割きました。

さまざまなプレッシャーを抱えていたのか、無知すぎる不安からか、寝ると次の日がやってきて、起きると今日が始まるから、寝るのも起きるのも気が重くて。でもなぜか「愛先生、いつも笑っていて、楽しそうで、悩みなんて一つもなさそうですね」と生徒さんによく言われていた時期でもあります。いちばん悩み多き時だったにも関わらず。

その後、運良くヨガはブームになり、軌道にのります。そのうち私はスタッフにスタジオを任せ、他の事業を次々と展開。セミナー講師、オリジナルグッズの企画販売、個人セッション、起業家育成など、やってみたいと思ったことに次々とチャレンジしました。

もちろん数えきれないほどの失敗もしましたが、最終的にはすべての事業において収益化を実現させました。特にセッションの仕事は予想外の展開となり、僅かな期間で口コミのみで3000人ほどのお客様に対応。沖縄から北海道まで、時には海外からも会いに来てくださいました。(現在受付をCLOSEしているため人数の更新が止まっています)

なぜ口コミだけでそこまで広がったのかと考えると、長年ヨガを実践してきたことで人間が本来持つといわれている力が自然と目覚め、さまざまなことを感知する能力が備わり、相談者の悩みに的確なアドバイスができるようになっていたことが理由だと思います。

そうしてバタバタとした日が数年続くなか、ある日自宅で息子と食事をしていると、とても嬉しそうに、息子がこう言うのです。「お母さん、今笑ったね」って。

そう。私は「この子をなんとか育てなければ」と頑張っていたはずなのに、本来の目的を見失い、事業の成功ばかりに突き進み、家で笑顔になる余裕さえ失い、家事、仕事、育児に追われていたのです。とてもショックでしたが、その気持ちを感じる余裕さえなく、その後もひたすら働く日々。誰かと遊んでいても、どこかに旅行していても、私は頭の中にいつも「仕事」を連れていました。

その頃、スタッフにスタジオを任せていたのでインストラクターの仕事は辞めていましたが、私自身は「アシュタンガ」というヨガを朝起きて1時間半ほど練習するのが日課になっていて、かれこれ数年の月日が流れようとしていました。

ここで少しヨガの話になりますが、ご存知の方も多いように、ヨガには心と身体と精神を繋げひとつにするという思想があり、多くの人がヨガの実践を重ねていくうちにさまざまな変化を体験します。わたしも例外ではなく、心と身体の変化を幾度となく繰り返し、そしてその変化は「生き方の価値観」にも徐々に影響を与えていきます。

一時期、成功者と言われたくて、その定義が高価なものに囲まれた生活をすることだ!とそこを目指した私は、そのような意味ではある程度自分が満足する生活を実現させていました。ですが長年のヨガの実践、息子の一言、そして同じ頃、30代だった兄もが突然他界。さまざまな要因が重なり、これまでの価値観が音を立てて崩れていったのです。ボロアパートを出発地に未成年で社会人デビューを果たした仲間、私の最大の理解者であった兄がある日を境にいなくなった。父と兄が早くに他界したことで、私は「生きる」ということについても考えるようになっていました。言葉としてではなく体験として、明日生きている保証はないのだということがストンと腑に落ちたからです。

そんな中、ある時、ふと、働き尽くしの毎日に疑問を感じ始めました。

なんのために?

今まで当たり前に仕事仕事で過ごしてきた生活に違和感をもつようになったのです。

もちろん仕事は好き。でも、大切なものや大切な瞬間を全部取りこぼしてきたように思えました。あれ?息子、こんなに大きかったっけ? 私は何を求めていて、どこに向かっているのだろう。高速道路を走っていると景色が一瞬で過ぎてくように、私の毎日も猛スピード。何をするにも意識はいつも「ここ」にはなく、ひとつを手にしたら、それだけではいけない気がしてまた他の何かを求めて走る。仕事の成果も所有物も、もっともっと。

私は明らかに競争のレールに乗り、比較の世界を生きていました。私という人生がいつか終わっていく時、私は私の人生を楽しかったといえるだろうか。

Chapter 03

心のままに変化する勇気

拭いきれない違和感が続く中、一旦立ち止まり、どんな仕事、生活がしたいのかと自問し、働き尽くしの毎日にピリオドを打つこと決めます。そして、これからは時間的、経済的、精神的ゆとり、どれも大事にしていきたい、していこう。それが問いの先に見えた本音でした。

そこでまずは、ヨガスタジオを手放すことを決めます。大きな決断でした。そしてスタッフの雇用もやめ、1人でフリーなスタイルで場所を選ばず働くという選択をしました。

しかし、理想を実現させるには、これまでより少ない労働時間でそれ以上の利益を出すことが必要になります。しかも、1人で。そんなことが可能? すぐに壁にぶつかりました。考えました。どうしたら理想が実現するのだろう。

そして、事業の全スタイルを見直し改善。

その結果、いつの間にかオンラインで販売する商品は毎回30分程度で完売。1人で30分400万円ほどの利益を上げることに成功。個人セッションではスタート当初数千円だった料金が、後半では個人or起業セッションなど内容により1人90分数万円〜数十万円の料金を頂戴するように。不思議なことに、そうなればなるほど予約はますます増えていきました。開催するセミナーも収益は数倍に。

加えて、これまで培ってきたヨガやセッションの知識を養成コースというかたちで販売しました。物販をオンライン化にしたことで場所代はゼロ。サイト制作、発送など、サポートが必要な時にはその都度外注。スタジオを手放したことで固定費も減り、利益はグンと上がりました。これらの収益が大きいとはまったく思っていませんが、以前の働き方に比べると断然、時間的精神的ゆとりを感じることができる数字でした。

徐々にではありましたが、私は理想とする働き方に移行することが実現したのです。決断し、行動したことで得られた結果は私が望んだものでした。このことがきっかけで、自分の本音と向き合うことに意味と価値を感じ始め、その後も、本音に応えるようになり、ライフスタイル全体、思考、心身、何もかもが軽やかにもなっていきました。そうなればなるほど、運やタイミングにもより恵まれるようになりました。

そんななか、ある日、ひとつだけ心残りがあることに気づきます。

それは子育てです。振り返ると、仕事は忙しくはあったものの同時に充実した日々でもあり、やりたいことの多くは挫折しながらもかたちにし、存分にやりきった感がある。だけど、子供との時間をもっと楽しみたかったなぁ。自分が親のいない環境で育ったせいか、ちゃんとしてあげたい気持ちが人一倍強かったにも関わらず、結果としてはずっと背中ばかり向けてきた。

もし、もう一度体験できるとしたのなら「子育てをしたい!」そんな思いが。

その矢先、私は驚くことに妊娠し、またまたシングルマザーで育てることを選択!

そして現在、理想とした「子育てメインの日常」を送っているところです。息子は自立し、娘はこの原稿を書いている来月、小学生になります。伝統ある小学校に通うことになりました。シングルマザーなので大丈夫かな? と思っていましたが、無事合格。どんな時も、はじめから無理だと決めつけて諦めるのではなく、まずはやってみるということの大切さを改めて実感した受験でした。

面接でまったく緊張しなかったのは、仕事で長年トークしてきたことが活かされたかもしれません(笑)。

Chapter 04

うまくいく人、いかない人

現在、本当にありがたいことに「愛さんのように生きたい」と多くの女性に言ってもらえるようになりました。私の力は微力で、運と周りの方々の助けがあっての今なのですが、うまくいくコツは?などの質問もよく頂戴するように。

そこで私の場合ですが、まず、「したいことだけをする。したくないことはしない」ということを実践した効果が大きかったです。今では習慣化されていますが、はじめは「こんなにしたくないことばかりしているんだな」と自分に驚いていました。また、したくないことをしないという決断は「本当にこれをやめてもいいのか」と、迷うこともしばしば。

それでも正直な気持ちのままに行動すると、結果として使える時間が増え、手放したスペースにより大きなものが入り込んでくるのです。「やりたいことをやる」ということに意識が向きがちな私たちですが、はじめは「したくないことをしない」にフォーカスした方が断然いい結果に繋がります。時間は有限。やりたくないことをやる時間はないと思って過ごしています。

また、目指したライフスタイルが経済面だけでなく、時間的にも精神的にもゆとりがある状態だったので、その両方に魅力を感じるメンターを探し、興味深く観察しました。

その結果、いくつかの共通点を発見。口角が上がり、ネガティブな言葉を吐かず、そして、なぜか歩き方と姿勢が良い。ならばと、私も日常の中で真似ました。今でも度々姿勢や口角をチェックし、うまくいく体質作りを意識しています。姿勢が良いと気持ちが前向きになります。

うまくいくには、うまくいかせたい事そのものにフォーカスすることも大事ですが、日々の些細なことの積み重ねがあってこそ。そしてその方が一時的ではなく、長期的な成果につながります。うまくいく人といかない人の違いは「習慣」にあり。思考の見直しも含め、日常の中から自分にできることを拾い、それを実践し続けることです。

もうひとつには、セッションの仕事が予想外に増えたことがきっかけで、スキルを磨くために心理カウンセラーの資格を取得し、男性と女性の違いを勉強していくなかで、男女が全く違う性質をもっていることを知ったこと。自分の身体と性質にあった働き方に変えたことで、無理せず成果を生み出すことができるようになりました。

自分が合わせるのではなく、自分に合わせる。これができるようになると、ブレることもなくなります。それに無理と我慢は自分を傷つけ、身体を壊しかねませんし、第一楽しくないですよね。

振り返って思うのは、実現させたい理想があるのなら、迷わずその方向に進めば理想は必ずかたちになるということ。誰かや社会がこうだからという他人軸ではなく、自分だけの「こうしたい」を実現するために、とにかくやってみる。人生の選択権は自分にしかないのだから、やるか、諦めるか、自分にしか選べない。

セッションの仕事をしていると、やめたいけど、やめられない。好きじゃないけど経済的理由で……。やってみたいけど、今でも不幸なわけじゃないから。そのような方々とたくさん出逢います。でも本当は、どうしたいのでしょう?

「違和感」を放置せず、それを変えていくだけで人生は何倍も楽しくなる。「こんなものだよ」で終わらせてしまうのは、もったいないです。生まれた境遇や今の環境がどうであれ、自分の考え方や意識の持ち方次第で現実は確実に変わるのだから、自分に納得いく仕事を、納得いく人生を、選び続けたいものですね。

私は現在、子育てメインの日常を送っていますが、仕事(自ら創造する仕事)もやっぱりとても好きですし、娘も少しずつ手が離れてきたので、今のスタイルと既存のお客様を大切にしつつ、次なるビジネスのビジョンに向けて邁進中です。

これからも自分らしい幸せのかたちを実現させていきます。

後悔しない人生を送るためのメッセージ

したいことだけをする。
したくないことはしない。
これを実践するだけで
人生は何倍も楽しくなる。